にっき 2024-0402

今日はニトリダイソーと家を往復して色々物を揃えたりしていた。初めて生活をデザインする余地があるくらいの部屋に住んでいるので、工夫ができて楽しい。ルビサファのひみつきち機能が好きだったことを思い出す。一方でぶつ森シリーズには全然惹かれないんだよな。なんなんだろう。

今までは最低限の家具を置いたらそれで終わりで、何かを工夫する余地がなかった。多分こういうことが他にも言えると思っていて、何かに関心を持ったり楽しむのにはまず余裕が必要で、それがないとただ日々をこなす以上のことができなくなっていく。それにより生がどんどん無味乾燥になることにしょんぼりしていくという負のループにより、人生が暗くなっていきがちである。

こういう話はそもそもの幼少の家庭環境みたいなところからスタートするので、基本的に格差の再生産が繰り返される形になる。自分が平均的な同世代の人間と比べて幸せななのか不幸なのか(そもそも平均と比べることに何の意味があろうか)わからないけど、余裕や満ち足りている感覚を感じたことはなく、しかしそれでもなんとか感情や行動をやりくりして対峙していかないといけない、そのままならなさ自体が生というものなんだなと最近は思うようになっている。