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タイトルは慣習に従ってつけた。どうやらあんまり前向きじゃないエントリにはこういうタイトルをつけるのが流行ってるようだ。適当に倣っておく。
なんとなく、色々考えて見ることにした。
何から話そうか。

自分は性格が悪いという話。もちろんこれは相対的な話ではない。自分のことを底意地の悪い残念男とは思っているけど、他の人はもっと意地悪かもしれない。そういうことは考え始めるとどうしようもないので、主観的に見て、の話だ。
自分の性格の悪さは、主に自信の無さに起因すると考える。自信の無さというのは自分の場合、「自分より全てにおいて有能な人間が表れたとき、周囲の人たちが自分に対して持っている意味のようなものがすべてなくなるのではないか」という脅迫観念みたいなものだ
この仮説のようなものを否定しようとして、いつも自分の周りの人の例を考える。アホみたいな単純なパラメータを比較(スポーツテストの六角形なものを想像してもらえればいいと思う)した際、Aさんの六角形がBさんの六角形の中にすっぽり埋まってしまうみたいなことは割りとある。
その時自分にとってAさんが意味をなくすかというとまぁそういうことは無いわけだ。人というのはそう簡単に単純比較できるものではない。従って自分の悩みも杞憂である、たとえ自分から見て自分の上位互換のような人間が現れても、自分の意味が消えることはない、といつもこう結論づけている。
しかし、自分は今まであまり人と深くは関わらない感じで生きてきたということが微妙にノイズになってこの論理を崩そうとする。自分を要素以外で評価してくれるような仲の人間が果たしてどれほどいるのだろうか、と思うと上にあげた例も早々笑い飛ばせない。たとえばESの上だけなら本当にそういう事が起きてしまってるだろう。
だから、よく他人を妬み、嫉む。なんとかして多角形の凹の部分を見つけ、バランスを取ろうとする。これが性格の悪さとしてにじみ出てくる。
これのせいで、素直になればいい状況でもそうなれず圧倒的に損をしている場面が多い。実害が出てきていると何らかの対処を行わなければならないのだろうけど、難しい。

昔の話。大体の人間の思い出には後悔というものが多少は付着してるものと思ってるけど、自分の場合思い出がそのまま後悔で構築されているような感じだ。
実のところ、やはり理解者というものを作ろうとしなかったというところに一番の後悔を感じる。色々と馬鹿な事情でキャラを作っていったまぁ基本的には何も残らなかった、というのが大学までの学校生活の総括だろう。世の中の人が基本的に理解者を兼ねそろえてるというわけではないからどうせ試みていても、という慰めも無くはないが、中高一貫とか少人数とかいろいろヘルプ要素はあったし実際周りのほとんどの人間が成功していることを考えると自業自得な感じは否めない。
他者評価を求めすぎて要らん気を回したな、というオチだと思う。当然もうもどれないわけだけど、取り返しがつかないかどうかはまだ微妙なラインだと思っている。ここから先、どういう縁があるかわからないけど、そのときまでに考えて話せるようになっておこうと思う。

将来の話。最近インターンシップの面接を受けるにあたってよく聞かれる将来展望の話だ。
今まで、本当に波に流される海月のように、「行けるなかで良さそうなルートに適当に行く」というような生き方をしてきた。才能に甘えた、と自分で言うのも恥ずかしい話だけど、特に努力もしないで(自分の場合の努力というのはつらいことを我慢することとしている)そこそこなルートを通ってこれた。さすがに最高学府の、しかもまぁまぁ上位の方になるとついていけなくなって、「あぁやっぱり自分は特に優れていたわけではなかったんだな」と気づくんだけど、そうなると今まで通りには行かなくなるわけだ。
自分の所属している大学の学部は90%を超える学生が大学院に進学して、修士二回を卒業したあと、就職するというのがデフォルトの流れになっている。実際自分がもう少し勉強ができて、そこそこの苦労でそれが達成可能ならそうしてたのだろうと思う。
自分はそんなに勉強に向いている感じではないので、そこの所ギャップをどう埋めるか、と言う話になる。多くの人の場合、それは意志の力による。長いスパンでの長期的自己実現のために、今を耐え、やりすごすということだ。
自分にはこの将来の目標というか、長期的自己実現の対象となるものがない。子供のころの夢は、スーパーマーケットの店員がタクシーの運ちゃんだったが、あれは機械っぽいのを適当に弄りたかったから適当に言った夢に過ぎない。それに、自分が「大学に入ったらやるのだろう、楽しみだなあ」と思っていたことがほとんど大学ではやらず、サークルでやってるという現実も割りと効いてくる。時間のほとんどをサークルに捧げているが、なんのことはない、献身的なのではなく今のサークルでやっているようなことがまさしく自分がしたかったことなのだ。
将来に対して要求をしたい事としては、
・コードを書いて何かを作る仕事に携わっていたい
・適度なゆるい環境でいたい(ゆるさ>収入)
・家庭は持ちたい
という条件さえ満たしていればそれでいいと思う(これでもまぁまぁ高望みしている気もするが)。
これだけの条件を満たすのに最低限の努力しかしたくないというのが今の自分の本音だ。
そのための最短路はまだわからないけど、そもそも最短路を回る必要性も実はあんまりないのかもしれない。
せっかくの機会だし、ゆっくり生きようと思う。ここでまた流されて将来を決定したら、もうチャンスはない。自分の幸福の条件を見つけるまで色々試してみて、適当なペースで向かおうと思う。
結局自分にできるのは、自分にできることだけという事実と付き合って行こうと思う。
ワタミに就職したらすぐ死にそう。