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卒業計画

日頃の不断の努力のおかげで、どうにかつつがなく留年できそうである。不続というべきかもしれない。実は2回生に上るときにすでにほぼ留年は確定していたのだけど、一応今期フル単位を実現すれば、まだストレート卒業の目は有った。今までの単位の取りぶりを考えると結構破格だと思う。たしかに留年するってよっぽどなんだな。そのザ・よっぽどの地位をそろそろ獲得できそうなんだけど。

とはいえ今期の初めの方はまだ頑張っていたような気がする。今までの教訓を活かした立ち回りを心がけて、聴かない講義でも進捗、課題確認のために出席するとか、そういうことをしようとしていた。しかしな、出席しても意識が無いと意味が無いんだよな。どうせ寝てるなら布団で寝た方が良い(この理屈はまったく正しいと思う)という考えにより結局後半はほとんどの講義に出席することなく、されど鴨川を走ることもなく時間を溶かしていた。本は割と読めてた気がする。

めでたく留年が決まりそうなところで一度卒業計画について考えてみるか、となった。以前のエントリでセルフマネジメントを見直そう、と書いておきながら自分はできてないのが甚だ情けないところであるけれど、言っても仕方ないことは仕方ないので言わないことにする。それでは。

卒業するためには

何が必要か。単位。なるほど、じゃあ単位を取るために何が必要か。勉強、もしくは素養(才能、という言葉を軽々しく使いたくなかったので)。僕に素養がないことは既に分かっているので、勉強が必要だ。では勉強をするためには?

勉強をするためには、勉強をする動機、理由が必要だ。そしてその動機は大きく二つに大別されると考えている。すなわち、興味と義務感だ。興味が有れば、自ら学ぶだろう。義務感があれば、学ばざるを得ないだろう。残念なことに既に大学で学ぶ多くの事に興味がないことは分かってしまった(一応一通りの講義は履修したのでもうわかっているのだ)。さすれば、あとは義務感で勉強するしかない。悲しいことに。こんな人間が大学まで来てしまったことに関しては、日本の教育制度の被害者だ、と叫ぶ声は(自分の中に)あれど、それもまた言っても仕方のないこと。現状を受け入れる他あるまい。

義務感はだんだん遡っていく。勉強しなくてはならない。なぜか?単位を取らねばならないからだ。それはなぜだ?大学を卒業しなければならないから。そうだ。ここに帰ってくる。ここで「なぜ大学を卒業しなくてはならないのか」という自らの問いかけに「うるせえ黙れ」と言うことができなくては、勉強しなくてはならない理由 not found exceptionで落ちる(単位が)。ここは無条件か、すべてを飲み干して屈服させなくてはならないステップなのだ。つまり卒業するために本当に必要なのは「卒業せねばならない」という気持ちだ。まずここが一番重要だ。「まだ卒業しなくてもいいかな」と思っているうちは一生卒業はできない。

卒業しなければ、と思ったら

ここで卒業するという気持ちをかきたてる方法については述べない。なぜならそこは別の問題であるからである。いろんなところで言っているが、僕は「最終的に幸せになる」ために生きているつもりで、例えばストレート卒業も上場IT企業就職も、なんだかまわりが良さそうに言っているそのためのルート、というところに過ぎない。もしその「最終的な幸せ」のためには一刻も早く卒業しなければならない、と思ったならそのとき動けばいいし、そう思えるまではそう思えない理由を潰していった方がいいと考える。たとえば、「学生のうちにこれだけは」というものをすべてやり終えるとか、まあそんなの。実際僕は「学生のうちにどうしてもできるようになっておきたいこと」が一つだけあって、多分それをどうにかしないとそもそも卒業しようとすら思えなさそうで困ってる。まあすればいいだけの話なんだけど。

前置きが長くなった。ここでその前提をクリアして「卒業せねば!!!」と思えたとしよう。そうすると後は具体的戦略になってくる。試験前1週間で何教科もの単位を取るに足る理解を得ることは不可能だとこの三年間で理解した。ので、おそらく日常に勉強を組み込む必要がある。

自習は自分の範疇でやるとして、問題は講義だ。大学の講義はつまらない。これはもう変えようのない事実だ。よって、こちら側の対応を考えるしかない。そもそもどうして講義に出席するのか?

講義に出席する理由は、次のようなものだろう。

1.その科目を理解するため

2.課題やレジュメなどの情報、資料を取得するため

3.試験などについての重要な情報を取得するため

1については、科目によっては自習の方が効率がよいことがあるだろう。というかぼくは高校、中学の時期から講義で何かを学んだという記憶が無い。おそらく向いてないのだと思う。

2,3について、これは友人などと協力するという方法がある。しかし、留年生は学年が一個ずれるため、なかなかその辺が難しい。したがってしぶしぶ自分で出席するか、未来ある後輩の脛をかじるかのどちらかだろう。先輩としての尊厳とかは、留年した時点で失っているので特に関係ない。

とにかくこれらを、単位取得したい全教科について対策されているか考える必要がある。もしやむを得ず自らが出席する必要が生じたなら、自分は何のためにその講義に出席しているかを明確に意識して出席しなければならない。場合によっては、講義終了後に教授に毎回確認してもいいだろう。あくまで出席は手段であり、目的が達成されない出席に価値はない。その自覚が必要だ。

書くのがめんどくさくなってきた

何でこういうことを書こうかと思ったかというと、毎度一夜漬けしようとして失敗しているので、一夜漬けではうまくいかないから毎日こつこつ勉強しような、というのを未来の自分に向けて残しておこうと思ったんだけど、勢いに任せて適当に書いてしまった。受験勉強のときを思い出すと、毎日科目ごとにノルマを立てていた気がする。学期は長いのでどうしても危機感が薄れ、先延ばしにしがちなので最初に過去問(同じ教授じゃなくても良いと思う)をチェックしてみて、全体からある程度の時期毎に到達点を設定する、などの戦略が考えられる。また科目同士に依存関係がある場合には、その順序で勉強した方がよいだろう。

とにかく放っといたら無限に勉強しないので、勉強しないと飯が食えないとかネットできないとか、そういう仕組みにする必要を感じる。ほんとはシステムレベルでどうにかできれば良いのだけど、最悪は意志の力を信じるしかない。ゲーミフィケーションの本で読んだけど、進捗を可視化、記録に残すのは良いかもしれない。そういえば昔も参考書に色々書いてた気がする。

先述のとおり、実は卒業する気が無かったので卒業できてない現実はさもありなん、という感じなんだけどいざ「卒業する」という段になったときに果たして卒業するための行動をとることができるんだろうか。そここそが僕の一番の不安であり、それがうまくいかないと本格的にカウンセラーとかその辺の話になってくるのかもしれない。

とりあえず、漫画の練習をしないと。(結論)