1/5

朝3時に起きて京都に向かった 最近始発に乗る機会が多い

待ち合わせの時間までにどういうことを話そうか結構ぐちゃぐちゃ考えたりしていたけど実際に会うと結構落ち着いて話せた 早起きして時間を経たせたせいで(日本語おかしいのはわかってる)かなり冷静だったのもあるかもしれない 話す勢いがつきすぎると引かれそうだしなにより内容が薄くなりそうだと(多分実際には相関関係はないけど自分の場合は割とそんな感じ)思ったからそうしたわけなんだけどまぁ思った通りに働いてよかった

話した内容だけど、うまくまとまられるのかな 半分くらいは路上で話したことだけど

向こうが話していたことの中でこちらにも少しあてはまることがある

いわゆるイメージ戦略的なあれだ 周囲の幻想の押し付け

自分はその被害者と言っていたが、それがまんま自分とあの人の関係にも当てはまることに対しては自覚的だったのか聞けてなかったな

そもそも自意識というメガネをかけて世界を解釈している以上その事実は程度の差こそあれ避けることは出来ないものなんだけど(まぁ特別に程度が大きかったからかもしれないけど)うーんどうなんだろ 次に話し合うとしたらそこなんかな 自分だけを除外すると議論が平行線になることに気づいている? わかんない 

なまじいい幻想なだけに本人もそれに埋もれてしまってどうにもならなくなることが起こりうる それは今一番気をつけていることだから、でもマイナスに取るのもそれはそれで歪んでてあぁ難しい この話はここまで

あと、交流及び学習の話 これは自分がざっくり(本当にざっくり)まとめたように、今は新しく開けた、しかも中身が濃いことが確約されている人たちとの交流を優先するほうが有意義だろうということだ これは自分でまとめたんだから当然異論はない 同年代のある種まぁ戦友というかアイデンティティの確立に悩む同胞としての議論が進むぐらいの仲ならまだいいけど、それが全員というわけでもないし、やはりおもしろさという(二元論で語れるものではないと言ったことを覚えておいてあえて使っている表現である)パロメーターから考えてもそうするほうが効率的であることは間違いない その意味でもそれはそうだなあという まぁ付き合ってもらってありがたやですなあ しかし今回でおおかた(少なくとも向こうに見せてもいいような面は)簡単にではあるが見せ尽くしてしまったような気がするし、しばらく交流を断ってコンテンツ力高めないといけないな本当に

皮肉にも話してて気づいたのが冬休みの間に話していなかった先輩と話したいということだった よく考えれば失礼な話だなこれも

返信メールでは楽しかった、いい経験になったと言ってくれた 良い人だと逆にこういう発言が信用出来ないというかいわゆる「だれにでも言ってんじゃないの状態」になるんだけどそういう事言ってても話が始まらないし、お互いにとって実りあるお話になったということでまとめておこうと思う

これで大体の(少なくともこういうジャンルの)高校の未練は消えた気がする あとは自然な機会でも十分間に合うだろうし、そもそも希少価値とかコンテンツ力とか消費し過ぎだし熟成の時期ですね

精進する ハリボテを本物にする